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沼田藩の飛び地
海内代官の五十嵐十九郎を祭る神社を発見

 海田は上州(群馬県)沼田藩の飛び地である。江戸後期、海内(地名)の代官・五十嵐十九郎は、年貢で苦しんでいた百姓の実情を知り、藩主に一命を賭してその救済を要請した。結果、年貢が減免され五百両もの救済金が融資された。救われた百姓たちはその温情に感謝し代官自刃から二百年目の昭和三十九年九月に頌徳碑を建立し、沼田市長からの花輪と祝詞が届いた。<dr>ちなみに沼田藩禄高三万五千石のうち一万五千石が作州の英田・勝南・勝北三郡内にあった五十数か村の飛び地であった。沼田藩の年貢は膝元領地は三割五分、飛び地には五割六分の高年貢を幕末まで課し続けたという。

 沼田藩といえば、神戸に物産会所(問屋)を設置し、地域産業振興策として奨励してきた海田茶を米英に輸出し、やがて「物産茶」と呼ばれた。 (美作町史などによる)

 先祖はこうして「海田の番茶」を作ってきた。その再生である。夢は大きい。

真木山長福寺に依頼

地元で室町時代にこのお寺から茶の種子を貰ってきたと伝わっている。その言い伝えの是非を住職に訪ねる機会があった。すると住職も「そのようですね」と言われたので、その物的証拠となる書き物を探してと依頼した。というのも岡山大学の産学官協同の検討(文系)チームから4年前にこれが証明できたら全学の協力も・・・との言質を得たからだ。

この寺は2度も全焼しており、この三重塔(岡山県で最古の塔)も山の上から降ろしてきたという。このため、余程ラッキーでないと物的証拠は難しいかも知れない。ここで三重塔を紹介して依頼のお礼としたい。